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真実と、




 「犯人なんて、いませんよ。」

 僕がそう言った直後、弟君が部屋に入ってきた。いいタイミングだ。弟君は、二人の連れを連れていた。

 「遅れた。ちょっと、二人が中々動こうとしなかったから、時間がかかったけど。」

 弟君が連れているのは紛れもない、殺されそうになった舞妓はんとお嬢さんだ。元気そうにしているが、手にはあの傷がある。まぁ、元気なのは当たり前だ。傷は偽者だし、血も偽者だ。弱った演技をしていただけなのだから。

 「被害者なんて、誰もいなかったんですよ。部員たちは全員、この事件に加担していたんですから。そして、おそらくめぐや部長、推理研究会の皆も。」

 横目で推理研究会の皆を見ると、部長は楽しげに笑い、めぐは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、桜が申し訳なさそうな顔をし、忠志がニヤリと笑っていた。皆して、僕を騙しやがって。気付かなかった僕も僕だ。推理をしていけば、自然と気付くことだと言うのに。
 これは事件だ。本当ならば学校にも知らせ、警察にも連絡しなければならない。それをしなかったという時点で、この事件が本当の事件ではないことが明らかだった。それなのに、僕は。……大きな穴も見落としてしまうなんて、探偵失格だ。

 「舞妓はんが傷を作って、死んだフリをしていた。窓を開けていたのは、ポスターカラー特有の臭いを隠すため。お嬢さんは自分から準備室へ入り、美術室へ移動して密室を作った。ほら、犯人なんて誰もいない。被害者も、誰もいない。そもそも、これは事件のように見せかけた悪戯のようなものだったんですよね。どうですか?部長さん。おそらく部長さんがめぐから僕のことを聞いて、部長と二人で試すつもりでやったんでしょう?」

 部長さんは笑っていた。さっきまでのニコニコ笑いではなく、心の底から楽しそうに笑っていた。

 「うん、正解、大正解。さっすが名探偵と言われているだけあるね。うんうん。……まぁ、ちょっとだけ間違えがあるけど、ま、いっか。」

 間違い、という言葉が気になるが事件は解決したからいいだろう。僕は頬を掻く。僕一人で推理したわけではないのだが……うーん。

 「念のために言っておきますが、二人を倉庫に隠していたことを推理したのはめばえ君です。僕一人で推理したわけではありません。傷のトリックだって、先輩からヒントをもらったんですから。」
 「つまり、君一人の実力ではないと?」
 「そうです。」

 漫画じゃあるまいし、一人で全て解決できるわけがない。僕一人ができることなんて、とてもちっぽけなことなんだから。
 部長さんは笑って言った。

 「いいんじゃないの?それでさ。  天才だったら、むしろもっと難しいのを用意してるって。人一人ができることなんて限られてるんだからさ、頼れる仲間がいるほうが、一人で無理するよりよっぽどマシだよ。」

 部長さんの笑顔につられて、僕も笑った。


 かくして、推理研究会で参加した文化祭で起こった美術室殺人事件―――誰も死んではいないが―――は部長さんたち美術部の負けで無事解決した。
 のちにあの事件を考えたのが、部長と部長さんではなく、【王様】であることを僕が知るのはまだ先のことだ。


 ともかく、僕らは文化祭を満喫し、帰路に着いた。



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