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種明かし




 「はいはい、事件の全貌を聞かせてちょーだいよ。」

 部長さんが言った。ちなみに、推理研究会含む部員たちには皆、教卓の前に集まって、椅子に座ってもらっている。僕は教卓に立っている。弟君は用事を頼んだためここにはいない。時間が来たら、合流することになる。

 「では、まず最初に舞妓はんの事件から。これは、一見すれば不可能に見える事件ですが、そうではありません。入れ替わり部室へやって来る部員たちの目を掻い潜って犯行に及ぶ必要なんてなかったんです。元々舞妓はんは、美術室で切られた状態でそこにいたんですから。それも、ずっと。」

 舞妓はんはずっと美術室にいた。他人が入って切ることなど不可能な状況。怪しいのは美術部員だが、違う。そうではないのだ。美術部員が怪しいように見えるだけで、実は舞妓はん自身も怪しいのだ。

 「舞妓はんを切った人については後で言います。切られた状態で美術室にいた理由も。さて、次はお嬢さんの事件です。お嬢さんの事件は完全な密室でした。ですが、それは密室に見えただけです。僕ら、いや、僕は警察が来るから現場を保存するために荒らさないようにしようと考えて、それが仇になってしまった。美術室と隣の美術準備室を繋ぐ扉があっても、おかしくはない。普段は別の場所にある棚をわざわざ移動させて、扉を隠して密室に見えるようにした。これが、密室の真実です。」

 皆、黙って推理を聞いてくれている。だが、密室に見えるようにした、というならば、犯人はどうやって棚で扉を隠したのかという疑問が浮かび上がってくる。部員の数名が疑惑の目を僕に向けていた。

 「……さて、ここで重要なのは、犯人がどうやって密室にしたか、です。準備室へ行く扉から出て行くと棚を移動させることはできません。」

 トリックを使って移動させたということは考えにくい。石膏像や教科書類を置いたままの棚を移動させるなど、その重量は相当なものになり、移動させる力も必要だ。怪しい美術部員たちが全員集まっても、トリックで移動させることはできないだろう。だから、そんなトリックはありえない。

 「でも、そんな必要がなかったらどうでしょう?お嬢さんが準備室からこの部屋に入り、棚を移動させた。そう考えれば、全て納得がいきます。」
 「でもさ、名探偵君。それなら普通、舞妓はんの時も準備室への扉の前に棚があったかも確認しない?」

 その意見したのは工場長だ。その意見は、同感だ。正直言って、そこを突かれると痛いものがある。落ち着こうと、ポケットに手を入れた。指先が虫眼鏡に当たった。
 そうだ、僕は推理しなければならない。名探偵になれなくとも、皆の力を借りれば、名探偵になることができる。一人だけの名探偵じゃない。一人で名探偵になるわけじゃない。僕には誰かの力が必要だ。
 ―――その時、携帯電話が鳴った。メールだった。

 「失礼。」

 そう一言言って、メールを確認した。弟君からだった。困っているだろうから、と弟君が助言をしてくれた。
 僕は携帯電話をしまうと、深呼吸をして、意見をぶつけてきた工場長を見た。

 「それについては、めばえ君が証言してくれました。めばえ君は暗記が誰よりも得意です。ずば抜けた記憶力の持ち主でもあります。そんなめばえ君が面白い証言をしてくれました。
 扉の前には、何も置かれていない棚とその側には床に纏められた教科書類。美術室後ろの棚に石膏像が置かれていた、とのことです。何も置かれていない棚ならば、お嬢さんでも扉を開けるときに体重をかければ動かすことが可能です。」

 弟君の記憶力が役に立つときが来るとは思わなかった。いつも、僕がめぐと仲良くしているように見えた日のことを会う度にグチグチ言っていたが、全部覚えていたのが正直気持ち悪かった。僕とめぐの発言まで覚えているのは、さすがに引いた。だが、思いもよらないところで役に立ってくれた。弟君サマサマだ。後で何か奢ってあげることにしよう。

 「じゃあ、お嬢さんが犯人だと?」

 部長さんの言葉に、僕は首を横に振った。そうではない。そもそも、この事件に犯人なんていないんだ。まぁ、いると言えばいるのだけれどね。まだ、まだ隠しておこう。アレは、最後だ。

 「お嬢さんは犯人ではない。そして、お嬢さんは自殺でもない。ならば、誰がお嬢さんと舞妓はんを切りつけたのか。その前に、二人の傷について話しますね。あの傷、ぶっちゃけると傷ではありません。僕の持っている本のこともふまえつつ説明すると、あの傷は、一種の芸術作品です。傷のように見えるのは傷ではなく、腕をキャンパス代わりにして書いた本物のように見える絵なんですよ。『名探偵ユークリウスの事件手帳』の五巻に同じトリックが使われていました。使用した画材はポスターカラーですね。絵の修正をするために使用したというパレットや絵筆は、、傷作りのために使ったんでしょう。赤と肌色、それ以外の色も使ったのでしょうが、それしか残っていなかったので不審に思いました。傷作りには、肌色と赤色が一番よく使いそうなので。」

 ちらほら、部員たちの顔色があまり良くないように見えてきた。やっぱり、部員ぐるみでこれをしていたんだ。殺されそうになったかのように見せかけて、ずっと演技をしていたんだ。友達が殺されて、悲しんでいる演技をしていたんだ。

 「お嬢さんを見つけたとき、傷口の血は乾いているのに流れている血は乾いていませんでした。きっと、長袖の下に傷を書いたままにしておき、殺されそうになったふりをするときに血糊をぶちまけ、傷口に塗ったんでしょいうね。でも、塗りが甘かった。傷の血と流れた血の違和感がすぐに分かりましたよ。」

 部長さんは一人、ニコニコと笑っていた。やっぱり、予想通りだ。部長さんは僕を見て、言った。

 「じゃあ、誰が犯人なのかな?」



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