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通話相手は王様




 灯りのついていない、暗い部屋を照らしているのはパソコンのディスプテイの光だけだった。幾つもあるパソコンのディスプレイの光が、部屋を少しだけ明るくしていたが、それでも、まだまだ暗い。部屋の主は、固く閉じられたカーテンさえも開ける気はないらしい。
 眠い目を擦りながら、部屋の主である彼は目を覚ました。先程からけたたましい音で着信音を奏でている携帯を手にし、画面を見ることなく電話に出た。

 「あいよ、モッシモーシ?」

 パソコンの本体の音以外、何も音のない部屋に、彼の声が融けていった。



   ◎



 「もしもし、久しぶりですね。」
 『ソウネ。元気にしてた?名探偵むしめがね君や。』

 二ヶ月ぶりに、彼の肉声を聞いた気がする。予想より遙かに元気そうな声だった。電話の相手である彼は、よく不摂生な生活を送っているため、倒れていないかと言う不安があったが、そんなものはすぐさま消え去っていった。
 ちなみに、彼が言うむしめがね君とは、僕のことだ。

 「僕は元気でしたよ。それより、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
 『イ?何よ?お兄さんにゼーンブ言ってミナサイナ。』
 「なら、言いますよ。」

 僕はことの説明を彼にした。彼は、僕ら推理研究会の欠番にして頭脳。学校には来ないが、部は彼を信頼している。どんな事件も、彼自ら解決することはない。だが、彼は知識を持っていた。事件を解決でいる知識を持っているにも関わらず、ただ、探偵役にヒントを与えるだけの彼。今の僕には、そんな彼のヒントが必要だった。
 【推理研究会の頭脳ブレイン】、そう呼ばれている彼の呼称は【王様】キング
 彼は僕の話す事件の内容を、楽しげに聞いていた。途中で質問をするわけでもなく、ただ、楽しげに鼻歌を歌いながら彼は聞いていた。ヒントを、くれるのだろうかと少し心配になった。
 全てを話し終えると、彼はまた楽しげに笑った。

 『ンー。名探偵むしめがね君はめぐゴーグルちゃんと一緒にいるンダネ。あ、あと弟のめばえファンキー君もイタッケ?それと、他の奴らも。』

 相変わらず、人に変な愛称をつけるのが好きな人だな。むしめがねやゴーグルはともかく、弟君にファンキーはないだろ。ファンキーという言葉には物悲しい、いやなにおいのする、など複数の意味があるというのに。おそらく、すばらしい、いかした、セクシーな、と言う意味で使っているのだろうが、まぁ、気にしたら負けか。

 「えぇ、部長たちも一緒ですよ。」
 『ンニャー、ヒントが欲しいから、電話コールしたんだよね?』
 「そうですよ。」

 当たり前のことを問う彼に、少しだけ苛立ちを覚えたが、それと同時に呆れも感じた。本当に、話していて調子の狂う人だ。

 『密室のヒントはねー、もっとよく探しなさいってトコカナ。』
 「はぁ……。」
 『ソレトネー、窓が開いてたワケはね、名探偵むしめがね君が考えた通りだと思うよ。隠したい、臭いがあったんだと思うヨ。』
 「隠したい、臭い。」
 『ソォソォ、傷の件はねぇ、名探偵むしめがね君の持ってる愛読書の五巻にヒントがアルヨー。そういえば、今持ってるんだっけ?』
 「……どうして、僕が今五巻を持っていることを知ってるんですか?」
 『秘密ダヨー。』

 電話越しにケラケラと笑う彼に、ため息が出た。僕が今もっている巻まで把握しているが、彼は引き篭もりである。とても引き篭もりには思えない。今も僕らの後をつけているのではないかとさえ思う。どこからそんな情報を仕入れてくるかも謎だ。

 『ソイジャァ……。』
 「待ってください。」

 電話を切ろうとした彼と止める。もう一つ聞きたいことがあるんだ。こんなところで電話を切られてはたまったものじゃない。

 『ニャー、ナンだよー。』
 「まだ聞いていないことがあります。最後に一つ、一体どうやって僕らを見てるんですか。」

 無言。電話越しにはピー、と言う電子音が微かだが聞こえていた。そして、その電子音が途切れた直後、彼は言った。

 『サァァアネ。』

 そして、一方的に電話を切られてしまった。こうなってしまうと、もう一度電話したところで決して出てくれないのが彼だ。
 まぁ、結局彼の謎は謎のままだ。この謎、いつか解明してみたい。そんなことを思いながら、僕は皆が待っている部屋へ戻った。



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