back / top / next

推理、考察、ヒント求む




 美術室を出た僕らは、その足で空き教室へ向かった。文化祭を楽しむ余裕などほとんどなかった。推理研究会のメンバーで現状を整理し、推理をしてみようとの部長の提案で、部長さんに空いている教室を探してもらうこととなった。美術室を出る際、美術室は施錠し、前回同様弟君に鍵を預けた。
 空き教室には誰もおらず、美術部員たちは教室の後ろの席で固まり、僕らは前で固まって、勝手に黒板を使わせてもらうことにした。無断使用はよくないが、部長さん曰く、「大丈夫」とのことなので今回だけ使用することにした。
 部長が、要点を書き出していく。僕らはそれを食い入るように見つめ、推理する。

 「舞妓はんの時は窓は前回、換気扇も回ってたのに、どうしてお嬢さんの時は閉まってたんだろうね。」
 「舞妓はんの時は、かがれたくない臭いがあったから、とか考えられませんか?」

 めぐにしては珍しく、まともな意見だ。それに、その意見には同意する。外は確かに暑いが、窓を開けて風を通さなければならないほどではない。動いてはいなかったが、美術室には扇風機もあるので、わざわざ窓を開ける必要はないだろう。ならば、窓を開けたのは臭いではないか。

 「僕も、めぐの意見に賛成です。でなければ、窓を開ける理由も、換気扇を回す理由もありません。」
 「うん、そうだね。」
 「でも、それじゃあ密室はどうなるんだ?」
 「舞妓はんの犯行時間だって、まだわかってないし。どうやって皆の目を掻い潜って行ったかだって、わからないままだよ。」

 そうだ、鍵だ。僕は鍵のことを思い出し、弟君の側に寄った。

 「めばえ君、鍵を誰かに渡したり、取られたりしてないよな?」
 「いくらオレでもそんなヘマはしねーよ。」

 不機嫌そうに言う弟君だが、本当らしい。めぐ曰く、「根はしっかりした子」なのは本当のようで安心した。
 さて、次は部長さんに確認を取らなければ。

 「部長さん、美術室の鍵はいくつありますか?」
 「アタシを含めた部員が使ってる鍵は合鍵。元の鍵は、事務室にあるよ。」
 「それ以外は。」
 「あるって、聞いたことないよ。」

 鍵は二つしかない。事務室に行けば鍵はどうにかなるが、文化祭に美術室の鍵を借りるなんて不審に思うだろう。文化祭で必要な者は全て、体育館横の部屋に運び込まれていたそうだから、美術部員が事務室で鍵を借りたとしても、合鍵を持っているのに借りるのも不審に思われる。鍵さえあれば、密室の謎は簡単に解けるんだけど、そう簡単にいかないようだ。

 「鍵の件は、手詰まりだね。」
 「どうする、廉。」

 分からない。だが、それで諦める僕ではない。やってやる。この事件の謎、解いてみせる。

 「何かやる気出てるみたいですね、先輩。」
 「でも、どうするんですか?」

 どうするか考えていると、部長に肩を叩かれた。楽しげな笑みを浮かべ、僕に携帯電話を差し出す。その画面に表示される名前には、凄く見覚えがある。
 その人ならば、ヒントをくれるかもしれないが。だが、正直言って凄く電話したくない。

 「ヒント、くれるよ?」

 部長が爽やかな笑顔をこちらに向けてくる。桜とめぐは何の事かわかっていない様子だが、忠志はご愁傷様と言わんばかりに僕に手を合わせていた。弟君は何やら楽しいことが起こりそうだとニヤニヤしている。畜生め。

 「どうしたんですか?折角ヒントくれるってんなら、聞いたほうが特じゃないですか。」

 ニヤニヤした顔で言う弟君。死にさらせ、などと思ってしまったことは胸の内に秘めておこう。

 「あまり電話したくないんだけど。」
 「そんなこと言ってられないじゃないですか。」

 痛いところをついてくるね、弟君。だが、弟君の言い分は正しい。僕らは完全に手詰まりな状態だし、このままだと犯人を見つけるなんて絵空事になってしまう。このままではいけないんだ。
 部長から携帯電話を受け取り、画面と睨めっこする。やっぱり、電話したくない。

 「かけたくないな。」
 「そんなに嫌なんですか。」
 「嫌だよ、いちを先輩だから尊敬はしてるけど。」

 あの人は何を考えているのかまったくわからない。そして、どうやって膨大な量の情報を集めているのかもわからない。一番敵に回したくない人物であり、一番謎な人物だ。

 「どんな人なんですか。」
 「一言で言えば、変身。」

 携帯電話の画面を見ると、あの人の名前が表示されている。名前、と言っても本名ではない。あの人の名前を僕は知らない。僕だけじゃない、桜も、忠志もめぐも知らない。部長はどうか分からないが、部長が一番知っている可能性が高い。謎だらけのあの人と僕らは、まったく面識がない。直接会ったことはないが、パソコンを通じて画面越しには何度も会っている。

 「うぅ……電話、嫌だ。」

 腹を、くくるしかないようだ。
 僕はその場を離れ、あの人に電話をかけた。



back / top / next

Copyright © 安住味醂 2011-2012 All rights reserved.