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繰り返された犯行




 昼食は皆で固まって取ることとなった。僕はたこせんとうどん、めぐはうどんのみ。桜は忠志と二人でたこ焼きを分けていた。部長は焼き蕎麦、弟君はあちこちのお店を回って色々なものを食べていたため、何を食べたのか検討もつかない。彼について行った部長さんも、おそらく同じものを食べたのだろう。どんな胃袋をしているんだ。かなりの種類があるというのに。まさか、全種食べてたりは……否定はできないので、答えは出さないでおく。
 現在はほぼ全員揃って、用意されている席について食後のお茶を飲んでいる。いないのはお嬢さんとめぐだ。お嬢さんがめぐを連れて、どこかに行ってしまった。めぐが一緒だから大丈夫だろう。行った先はおそらくトイレだし。
 そうこうしていると、慌てた様子でめぐが帰ってきた。その後ろに、お嬢さんの姿はない。

 「めぐ、遅い。」

 不機嫌そうに言う弟君。それに対して、慌てているめぐ。何があったかは、だいたい想像がつく。

 「た、大変なんです。お嬢さんがいなくなっちゃったんです。」

 ほら、やっぱり。
 切羽詰った表情で、めぐは言う。ほら、予想は的中した。部長と顔を見合わせ、僕らは走り出した。探さなければ。どこにいるかなんてわからないけれど、もし犯人が狙っている目標が美術部員のみなら、今のお嬢さんは格好の標的だ。早く、早く見つけなければ。
 探すのに夢中になっていて気付かなかったが、忠志が指示してくれたお陰で、部長さんたちはそのままあの場に残り、護衛役としてめぐと桜と弟君の三人が残ってくれた。周りが見えなくなってしまって、本当に申し訳ない。恥じるばかりだ。
 校内を一通り探したが、お嬢さんは見つからなかった。戻っているかもしれないと、一度僕らは戻ることにした。だが、戻ったところで、お嬢さんと会うことはできなかった。やはり、戻ってこなかった。
 僕と部長に、部長さんが一枚の紙を見せてきた。

 「ちょっと、これ見てくれる。」
 「これは……。」

 紙には、乱暴な字で『びじゅつしつにこい』と平仮名で書かれていた。美術室、この紙はお嬢さんを呼び出すために犯人が使ったものなのだろうか。だが、こんな露骨な呼び出しにひっかかるとも思えない。舞妓はんのことだってある。普通なら、警戒して行かないはずだ。それとも、何か行かなければならない理由があったのか。
 考えていても、始まらない。とりあえず、部長さんにこの紙をどこで見つけたのかを聞かなければ。

 「部長さん、この紙はどこで見つけたんですか?」
 「ゴミ箱にね。食べた奴捨てに行こうとしたら、偶然見つけた。」

 ゴミ箱は各地に設置されているが、部長さんが言うゴミ箱はおそらくすぐ近くにあって、模擬店の利用者が最も多くゴミを捨てているゴミ箱だろう。不特定多数の人間が利用するゴミ箱に捨てるなんて、一体何を考えているんだ。

 「先輩、こんなにも使う人がいっぱいいるゴミ箱にあえて捨てるってことは、なんか変ですよね。」
 「桜の言う通りだけど、この場合は利用者の多いゴミ箱に捨てたほうがいいと思う。」
 「忠志の言う通りだよ。この紙も、部長さんが見つけなかったらただのゴミとして、ゴミの山に埋もれて探せる状況じゃなくなっていたかもしれない。利用する人が少ないゴミ箱だと、すぐに見つかってしまうかもしれないからね。」
 「せ、先輩たちも桜も、凄いです。」
 「めぐも、もう少し頑張ってね。」

 部長たちが、何やら推理していたが、忠志の言ったことは正しい。部長の推理も、推理としては完璧だ。手帳に書き加えておかなければ。後で見たときに、何があったか推理しやすいようにしないと、自分の首を絞めることになるから。

 「廉、部員たちを引き連れて美術室に行こうと思う。」
 「えぇ、賛成です。お嬢さんの行方も心配ですし。」
 「美術部員の方々にも、同行願えますか?美術室前の廊下で待っていればいいですから。」

 部長の言葉に、またあの惨劇を目にするかもしれないと考えた美術部員たちだったが、渋々同行に同意した。
 僕らは、美術室へ急いだ。途中、部長さんから話を聞いた。残っていた部員たちは僕らがお嬢さんを探しに行っている間、お嬢さんの携帯電話に電話を掛けたりして、待機しながらも捜索に協力してくれたと言う。事の重大さを理解してくれて、本当にありがたい。
 美術室のある棟に向かう。古びたそこは相変わらず不気味だ。僕らは足早に美術室へ急ぐ。扉の前まで来ると、鍵がかかっているのか部長が確認した。鍵は、かかったままだった。弟君は鍵をジャケットの内ポケットに入れてある鍵を取り出した。弟君のことだから、知らぬ間に鍵を取られているなどということはないだろう。だが、後で念のために確認しておかなければ。

 「鍵。」

 弟君から鍵を受け取ると、美術室の扉を開けた。
 中に入ると、舞妓はんと同じ場所で、お嬢さんが腕を切られて倒れていた。舞妓はんの時の現場を維持するため、換気扇は回したまま、窓は全て開けたままにしておいたのだが、今度は換気扇が止まり、窓が全て閉められていた。入り口は一つだけ。舞妓はんと時とは違い、今度は密室だった。部長がお嬢さんの脈と呼吸を確認すると、舞妓はんと同様に息があった。血はほとんど乾燥していないが、傷口付近の血は、乾燥しているようだった。止まった血。流された血と傷口の血、なんだか、不自然だ。
 傷口の血は参加しているのか、黒っぽくなっているが、流された血は赤だった。舞妓はんの時と状況が違う。ただ、密室でどうやってお嬢さんを呼び出すことができたのだろうか。
 お嬢さんをそのままにしておくことはできないので、また部長さんと工場長に病院まで連れて行ってくれるように頼んだ。護衛として、めぐと忠志をつけることにした。四人がお嬢さんを連れて美術室から出て行ったのを確認して、廊下で呆然と立っている美術部員たちの面倒を桜に任せ、僕と部長と弟君の三人は、現場を見て回ることにした。
 現場は密室。この謎を解かない限り、お嬢さんを殺そうとした犯人が逃げた経路がわからない。非常階段の扉はあるが、その非常階段は途中で鍵のかかった格子状の扉があるため、下りることは不可能だ。それに、ここにも美術室側から鍵がかかっていた。内鍵がかかっていただけなのだが、非常階段側から鍵をかけるのは難しい。鍵は教師が管理しており、持ち出すことは生徒では不可能だろう。ならば、教師が殺害しようとしたのか。候補に入れておくだけ入れておこう。手帳に書き込む。
 他に扉がないか確認しておくが、変わったものも扉も、何も見つからなかった。舞妓はんの時と違い、密室な分推理は難しくなっていく。

 「こんなもの、見つけたんですけど。」

 弟君の声に、僕と部長は手を止めた。弟君の手には、一枚の紙があった。
 乱暴な字で『じゃまをするな』と書かれていた。
 僕らは、呆然と美術室に佇むこととなる。動けるようになるのは、それから数分後のことだった。



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