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推理開始




 帰って来た部長さんと工場長は、疲れきった表情をしていた。部長さんにいたっては、別のジャージを着替えていた。血がついてしまったらくし、苦しそうに笑った。無理しているのが、すぐにわかった。

 「ここは探偵として、アンタらが推理して下さいよ。」

 年上に向かってアンタらとは……さすが弟君である。だが、弟君の言い分にも一理ある。事件があると血が騒ぐのは『推理研究会』の部員なら誰でもなってしまうことだ。仕方ない。横目で部長たちを見れば、皆もやる気になっているようで、弟君は仕方がないから姉の手伝いなら手伝ってやろう、なんて姉にしか手伝わない雰囲気をかもし出していた。畜生め。

 「じゃあ、廉が仕切ってね。」
 「いや、ここはいつもの通り部長でしょう。」
 「頼むよ、次期部長。」

 ただ単に仕切りたくないだけだろ、部長。そうなんだろ、部長。

 「わかりましたよ。」

 部長は笑った。なんだか、部長のいいように事が進んでいる気がする。逆らえないからどうしようもないが。
 とりあえず、事件を推理しよう。この際どうにでもなれ。

 「じゃあ、まず第一にやることは。」
 「はい、アリバイ確認です。」
 「正解。では、部長さんからアリバイをどうぞ。」

 アリバイ確認、と言ってもいつ切られたかわからないのではあまり意味はない。それでも、いちをしておかなければ。血液が酸化し始める時間なんてわかるわけないだろう。常識的に知っている人間が普通いるか?推理オタクでもわからん。僕らはそこまで専門的知識を持っているわけじゃない。
 アリバイ確認をしていると、ほぼ全員アリバイがあった。準備をしているのもあってか、ほとんどが集団で行動、もしくはすれ違っていたりと犯行に及ぶことの出来る時間は存在していたが、他者の目を掻い潜ってどうやって犯行に及んだのだろうか。問題はそこだ。
 各部員、舞妓はんと二人きりになれた時間は全員十分程度。こっそり腕を切ることも出来るだろうが、普通はあんなふうに綺麗な現場にはならない。舞妓はんが逃げ惑い、辺りに血痕が存在しているはずだ。だが、血痕はどこにもなかった。見落としているのかもしれないが、犯人が拭き取った可能性だってある。ルミノール反応なんて見れない。見るための材料もない。材料があったところでやりたいとは思わないのだがな。

 「先輩、捜査開始ですよ。」
 「楽しそうだな。」
 「不謹慎ですけど、楽しいですよ。わくわくします。推理って、パズルみたいで楽しいですし。」
 「まともに推理できるようになってから言って欲しいな。」

 部長にそう指摘され、めぐは唸った。桜もそうだが、まだまだ一年生は推理が甘い。めぐの場合は、甘いというよりは考えが狭いというか、一定の考えしか思いつかないらしい。もっと、柔軟に物事を考えなければいけないのに。
 部員たちを廊下に残したまま、僕らは部室へと入った。血はまだ残っていたが、すっかり乾いてしまっているようだ。僕はポケットから虫眼鏡を取り出すと、注意深く現場を眺めた。部長や忠志たちも、現場を観察し始めた。触れないように、変なところがないかだけのチェックだ。僕らは所詮、漫画の登場人物の探偵のように警察の協力が得られるわけでもない。それほど、知識があるわけでもない。いわば、探偵ごっこをしている高校生のようなものだ。なので、捜査も古典的に。僕は虫眼鏡を使い、なるべく現場を保存しながら捜査をするのがポリシーだ。何かを触ってしまって、後で警察に説教されるのも嫌だしね。
 虫眼鏡で見ていると、机に血ではない赤色を見つけた。それに、肌色も。これは、絵の具だ。おそらくは創作活動中についたものなのだろうけど…何かひっかかる。もし、これが舞妓はんの事件と関係があるとしても、どういう関係があるのか証明することができる気がしない。絵の具だけでどう推理しろというのだろうか。いちを、部長にも意見を求めてみよう。

 「部長、絵の具がありました。赤と、肌色の絵の具です。」
 「それなら、他の場所にもあるよ。後、黒とか、茶色の絵の具もついてたけど、たぶん部活中についたものだろうね。」

 やっぱり、部長もそう思うのか。だが、現場に残されているものとして、いちを推理手帳に記しておこう。後で何かの役に立つかもしれない。机に残された絵の具の色は様々だが、特に気になったのは赤と肌色だ。肌色は肌に塗っても、ほとんど違和感がないような色をしている。赤は血のような色だ。作ろうと思えば、こんな色も作れるのか。思わず関心してしまった。

 「廉、こっちの水道には絵筆とパレットがあるよ。」
 「……廉、こっちにも肌色と赤色。」

 慌てて水道を確認する。肌色と赤色で汚れた絵筆とパレットが、水道に放置されていた。何をしていたのだろう。こんなにも赤色と肌色を使うなんて、どういうことなのだろう。とりあえずは部長さんに確認を取ろう。そのことも含めて、手帳に記しておいた。
 それ以外に目ぼしいものはなく、やはり、舞妓はんが襲われて逃げ回ったような跡も見つからなかった。その跡は全て拭き取られた、と考えるのが妥当だろう。
 一旦、捜査を打ち切り、廊下に出た。皆、大した収穫はなかったようだ。
 廊下で部長さんに肌色と赤色の絵の具と、絵筆とパレットについて尋ねた。すると部長さんは「飾る絵に修正が必要なことが今日になってわかって、必要な絵の具が肌色と赤だったんだよ。」と言った。手伝った部員もいるため、この証言が口裏を合わせたものであるという決定的な証拠が無い限り、覆すことはできないだろう。
 外部犯の可能性もいちを考えてみたが、不可能に近い。部室に残っていたのは舞妓はん一人だけ。舞妓はんは言わば留守番だった。誰が部室に戻ってくるかなんてわからない。部室のすぐ側には準備室があるが、ここは鍵がかけているため隠れることは不可能。その隣にトイレがあるが、文化祭ということで使用禁止になり、中に誰かいれば不審に思う。誰かいて、気づかなかったとしても、出入りするためにはきつく貼られたビニールテープを超えなければならない。それも、きっしと足元から顔ぐらいの高さに貼られたビニールテープを、だ。他に隠れる場所とすれば、階段にいて息を殺すか。ここで上の階を部室にしている部の存在だ。上は部で使うものを体育館へと運ぶため、美術部員たちが準備を始めた頃とほぼ同時に使うものを運搬し始めたので、階段で身を隠せる可能性はほぼゼロに近い。
 否定派できないので、外部犯だということも、いちを視野に入れておこう。手帳に書かなければ。

 「やっぱり、外部は無理そうだよね。」
 「かと言って、この中の誰かって言うのも、考えにくいんですよね。」
 「えっと、共犯がいる、っていうのは、どうですか?」

 成る程、共犯か。一人十分程度の犯行時間が与えられるが、次に来る人が共犯ならば、入れ替わりで犯行の続きを行うことができ、発見を遅らせることも可能だ。更にその次の人が、舞妓はんを見つけ、さも自分たちが来た時に舞妓はんが生きていたようなことを言えば、僅かな間に舞妓はんが殺されたと思う。
 チラリと、横目で部長を確認する。部長は共犯説をどう思っているのだろう。

 「部長、部長はどう思いますか?」
 「うーん、まだ共犯説を否定する証拠がないからね、視野に入れておくべきだと思うよ。」

 ならば、このことも手帳に書き加える。
 そんな時、部長さんのお腹が鳴った。

 「あ、アタシ、お腹すいたんだけど。こんな時に不謹慎だけど、ご飯食べに行ってもいい?」

 部長さんは、恥ずかしそうに言った。他の部員たちは皆、呆れたような顔をしていたが、部長さんの腹の音で少し調子を取り戻したらしい。
 時間を見ると、もう昼になっていた。先に食事をしたほうがよさそうだ。念のため、部長に確認を取る。

 「部長、お昼にしましょうか。」
 「そうだね。あ、部長さん、鍵くれますか?」
 「うん、はいよ。」

 部長さんから鍵を受け取った部長は、美術室を施錠した。そして、鍵を弟君に渡した。「誰にも渡すなよ。」と弟君に耳打ちすると、弟君は鍵をジャケットの内ポケットに入れた。こういう時は話のわかる奴で助かる。めぐだと甘さゆえに渡してしまうかもしれない。僕や部長が持っている可能性が高いことなど、犯人もわかっているかもしれない。忠志と桜に持たせてもよかったのだが、二人は武術に長けているため、犯人を追い払っている最中に落としてしまう可能性もある。弟君が一番適任ということだ。

 「いいよ、お昼に行こう。ただし、皆で行動すること。離れる時は『推理研究会』の誰かに言って、誰かを連れて行くこと。面倒だけど、そうして欲しい。不快に思うかもしれないけど、犯人の動機がわからないし、犯行を繰り返す可能性だってあるから。」

 動機、犯行に使った時間、何故誰も気付かなかったのか、わからないことだらけだ。頭を抱える僕の肩を、弟君が叩いた。

 「何かな。」

 弟君を見ると、弟君は不思議そうな顔をしていた。

 「……色んな事件を解決してきたアンタでも、悩むことってあるんだな。」
 「嫌味か。僕は漫画の探偵たちのように天才じゃない。それに、僕だけで解決できた事件なんてないよ。」

 ため息をついて、先に歩いて行った皆の後を追った。
 そう、僕は天才探偵でもなんでもない。ただの、推理が好きな高校生なんだよ。それに、『推理研究会』の皆だって、天才じゃない。僕と同じ、ただの推理好きの高校生でしかないんだ。



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