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異変




 部長たちや、忠志からも逃げ出され、仕方なく昼前までめぐと弟君の三人で暇つぶしをすることとなった。もうすぐ昼食だな、と思っていると、めぐの携帯電話に部長さんから連絡が入った。今すぐ美術室に来てくれ、なんて送ってくるものだから、不思議に思いながらも僕らは少し急ぎ足で美術室へ向かった。
 美術室がある古びた校舎は、少し前と変わって見えた気がした。

 「何か、様子が変だ。」

 物々しい雰囲気と言うか、言葉では言い表せないような雰囲気が辺りに漂っていた。嫌な予感がする、そう思うと自然に足はさっきより速度を上げていた。階段を上がると、一人を除いて、部員たちが皆廊下に立っていた。
 顔を伏せていたり、タオルで顔を隠していたり、口元をおさえていたりと、嫌な予感が深まっていく表情や仕草をしていた。工場長が廊下の隅で体育座りをし、その側には部長さんが重い表情で立っていた。何かがあった。そう直感した。
 まだ、部長たちは来ていないらしい。

 「ごめん、急に呼び出したりして……準備は終わったんだけどさ、部室に、戻ってきたら……。」

 その後の言葉を紡ぐことができないのか、部長さんは口をつぐんでしまった。めぐが心配そうに部員達を見ていた。姉のことしか見えていないめばえでさえ、心配そうだった。僕は部室の扉を開けた。
 換気扇が鈍い音をたてて回っていた。窓も全て開けられており、変な臭いはなかった。一見すれば普通のように見えたが、違った。
 部室の真ん中で、腕から血を流している舞子はんの姿があった。僕は慌てて駆け寄り、脈を確認した。脈はある。そして、呼吸もきちんとしていた。出血のほとんど止まっているようで、さほど酸化していない。助かる。

 「せ、先輩……。」
 「大丈夫、生きてるよ。早く病院に連れて行こう。」

 傷は深そうだが、出血はさほど多くはないようだった。僕の言葉に反応して、部長さんと工場長がやって来た。部長さんは舞妓はんを背負い、工場長は腕を高く上げた。血液を、心臓よりも高くして血液を流れにくくするためだ。出血がほとんど止まっている今、効果があるのかはわからないが。

 「病院なら、走って行ったほうが近いから。」

 そう言って、工場長と共に走って行った。
 残された僕は、部長たちに連絡を取り、全員集合するのを待った。



   ◎



 部長たちと合流し、事情を話した。事情と言っても、僕らが知っていることはせいぜい舞妓はんが腕から血を流していたことくらいだ。

 「自分で切ったか、誰かに切られたか、まだ分からないね。」
 「周囲に刃物はありませんでした。なので、自傷ではないと思います。」
 「廉が言うなら、そうなんだろう。凶器がないとなると、犯人が持っていったんだろうか。」
 「でも、普通……凶器って、どこかに捨てませんか?」
 「そうですよ、凶器なんて持ち歩かないですし……。」
 「別の場所に捨てたんだろ。」

 自傷ならば、近くに刃物が落ちているはずだ。窓から捨てたとしても、そこまで血痕が残っているはず。それもないとなれば、自傷ではなく、誰かに切りつけられたことになる。
 忠志と桜、めぐは凶器について考えたようだが、見事に弟君に切られたようだ。弟君の意見は正しい。別の場所に捨てる、だが、別の場所に捨てるにしても、学校内は文化祭の最中で、刃物を捨てるとなるとかなり目立つ。見つからない場所が、どこかにあるのだろうか。

 「話は部長さんたちが帰ってきてからのほうがいい。皆、ショックを受けてるみたいだし。」

 色々聞きたいが、そんなことができる状況ではない。部員たちは皆、話せそうな雰囲気ではない。
 部長さんたちが帰ってくるのを待っていたほうが、得策だろう。
 僕らは、美術室前の廊下で、部長さんたちを待った。



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