back / top / next

学校にて




 めぐの友人が通う学校は、理系と文系の二つのコースに分かれている。文化祭ではそれぞれのコースに応じたゲストを呼ぶらしく、文系コースのために人気作家を呼ぶのは今回が初めてではないらしい。ちなみに、理系コースのゲストは有名大学の教授が来て、面白い授業をしてくれるという。そちらのほうも気になるが、僕としては『名探偵ユークリウスの事件手帳』の作者であるメイレのほうが優先すべきだと思うので、そちらを優先する。楽しみだ。
 校内に入れば、昼から食べ物を販売するため、上級生が準備に追われていた。販売系は全て昼からなので、それまでは展示を見るくらいしかやることがない。

 「昼まで、どうするの?めぐちゃん。」
 「友達の所に顔出しに行く。」

 それほど広くない学校の案内図を見ながら、めぐは言う。地図が苦手な人間に地図を持たせてもいいのだろうか、心配だ。

 「友達は美術部なので、美術室に行きます。」
 「なら、校舎に入って、渡り廊下を渡った先だね。別の棟に美術室はあるみたいだよ。」

 部長がすかさず言った。その手には、何処で貰ってきたのか、もう一枚案内図を持っていた。めぐは苦笑していた。僕らは部長の先導で校舎へと入った。
 学校は数年前に出来たばかりで、校舎内は凄く綺麗だ。掃除が行き届いていないのか埃が目立つところもあるが、僕は姑のようにそこまで気にしないので目を瞑ろう。
 すれ違う生徒は準備に忙しいのか、走り回っている。時折、遊んでいる生徒ともすれ違った。
 弟君が退屈そうに欠伸をした。そんなに退屈なら来なければいいのに。僕を嫌うのは構わないが、僕だけに攻撃的にならないでくれ。

 渡り廊下を渡ると、古びた建物が見えてきた。校舎と違い、新しく建てられたものではないようだ。確か、ここは前にあった学校を取り壊して作られたと部長が言っていた。あの古びた建物は、取り壊されずに残った前の学校のものなのだろう。建て替えたのは、校舎だけということか。
 近づけば、より一層その古さが窺えた。ヒビ割れを修復した後、窓から見えるカーテンは変色しており、古さと同時に、どこか不気味さを感じさせた。

 「な、なんかお化けでも出そうなところですね。」

 めぐが言った。怖いものが大の苦手な彼女にしてみれば、建物に入るのも嫌になる程の外見だ。

 「めぐ、早く入ろう。」
 「そうそう、怖がっても始まらないよ。」

 冷静な弟君と楽しげな部長が、古びた扉を開けて中に入った。めぐは顔を青くしたが、僕や桜を見るとすぐに弟君の後を追った。
 僕はため息をついて、彼女と弟君の後を追った。桜と忠志も、僕の後についてきた。
 中も不気味だが、思ったより綺麗なものだった。ここは掃除が行き届いているのか、ゴミや埃がほとんどない。ただ、不気味さだけは拭えなかったようだ。壁に張り付くヤモリが、余計に不気味さを漂わせていた。

 「階段は、こっち。」

 弟君を先頭に進んでいく。怖がる彼女を見かねた弟君が、彼女と手を繋いだ。微笑ましい光景だが、弟君が僕を見て「どうだ、羨ましいだろう。」みたいな視線を送ってきた。シスコンもいい加減にして欲しい。部長もそれがわかったのか、笑っていた。
 階段を上がると、二人の少女がいた。学生のようだが、二人の服装は制服とジャージだった。ジャージのほうは、ペンキか何かで汚れていた。どうやら、僕らを待っていたらしい。

 「やっほ、めぐちゃん久しぶり。」

 ジャージさん(仮)が、めぐを見て笑った。どうやら、ジャージさん(仮)がめぐのお友達らしい。

 「うんうん、噂の弟君とそっちが……言ってた部活の人たちだね。アタシは……うん、美術部で部長をしているから部長さんとでも呼びなさいな。」

 笑うジャージさん(仮)は美術部の部長さんだったようだ。部長さんの隣にいる制服さん(仮)が、苦笑していた。

 「ウチは。」

 制服さん(仮)の自己紹介を途中で止めたのは、部長さんだった。

 「この子は……うん、工場長。」

 制服さん(仮)改め工場長は部長さんを睨んだが、互いが顔を見合わせるとすぐに笑いに変わった。よくわからない人たちだ。

 「ささ、美術室はこっちだよ。他の部員も待ってるから。」

 部長さんとの出会いもあってか、彼女はすっかり元気を取り戻していた。恐怖が消え去っていたという表現のほうが正しいだろうが。
 弟君は彼女が頼りにしてくれなくなったせいか、不機嫌そうだ。

 「いやいや、めぐちゃんの弟君は噂通りだねー。」

 部長さんがそう言うと、彼女は顔を真っ赤にした。

 「噂?めぐが何吹き込んだの?」
 「うん、めぐちゃんがねー。」

 彼女はトマトのように真っ赤な顔のまま、部長さんの口を後ろから塞いだ。余程言われたくないことらしい。
 不機嫌だった弟君の機嫌が、かなり直っていた。恐るべきシスコンパワー。僕はそれを冷静に観察するだけだ。

 「もう言わないから、はい、弟君の話は終わり。ここが我らの巣窟、美術室。」

 部長さんが勢いよく開けた美術室には、部員がいた。部室は少し古びた雰囲気があり、後ろには石膏像が何体か置いてあったが不気味さはあまり感じさせないものだ。何やら椅子を積み重ねて作ったらしい椅子のオブジェのようなものが視界の端にうつっているが、気のせいだ。そうに違いない。

 「はい、じゃあ部員紹介するよ。右から順に紹介するね。」

 部長さんは陽気だ。弟君はもはやどうでもいいらしい。楽しげに工場長と話しているめぐを見つめるので手一杯なようだ。まったく、重度シスコンだな。
 完全に僕ら『推理研究会』の面々は置いてけぼりだ。部長も苦笑いをしているし、忠志でさえ眉をよせて困ったような顔をしていた。

 「はい、お嬢さんだよー。」

 不機嫌そうな顔をして「まぁよろしく。」と言ったのは長袖の制服を着た子。

 「次―、舞妓はん。」

 「えぇー。」と声を上げた半袖の制服を着た子。

 「次、わーさん。」

 笑いながら「よろしく。」と言ったこれまた半袖の制服を着た子。ただし彼女はベストを着用している。

 「最後に、我が部のクイーンであらせられる。」

 デデーン、と部長さんが口で言ったのはまた半袖の制服を着た子。
 個性的なニックネームだなぁ、と思っていると部長さんが「アタシがつけたニックネームだかんね。絶対そう呼ばないと先輩さんも弟君も推理研究会の部長さんや部員さんたちもアタシが制裁加えちゃうぞ。」なんて言ってくるものだからこれはニックネームで呼ぶ以外に選択肢はないらしい。ちなみに僕らが困惑している間も弟君はシスコンを発揮していた。人の話ぐらい聞けよ。そう僕が思ったのは言うまでもない。

 「じゃあ、部員の紹介終わったねー。アタシたち、準備があるからその辺ブラブラして来て。後でめぐにメールするから。」

 部長さんの一言で工場長と盛り上がっていためぐは一気にこちらへ戻ってきたようだ。弟君もやっと人の話を聞く気になったようだ。

 「じゃあ、バイチャー。」

 部長さんの声を聞きながら、僕たちは美術部の部室を去った。僕の体力はすでにごっそり持っていかれたような気がしてならない。部長でさえ、少し疲れた顔をしている。恐るべき、美術部……。



 ◎



 まぁ、その後どうなったかなんて話すのも嫌になるものだ。ホラーものの展示を見て悲鳴を上げためぐが僕に抱きついてきて、僕はその勢いで転んだ。それを見た弟君が憎しみをありったけ込めた視線をずっと僕へ向けてきた。めぐはそんなことも露知らず、今度はここへ行きたいだのあそこへ行きたいだの言い出してもう大変。もう嫌だ。帰りたい。早く『名探偵ユークリウスの事件手帳』の作者メイレと会って帰りたい。うぅ…とんだトラブルメーカーだ。
 部長たちはホラーものの展示が終わった後、気がつくといなくなっていた。逃げたか。僕を見捨てて。僕も逃げ出そうとしたが、見事にめぐに見つかったため、逃亡は失敗した。本当に運がない。最悪だ。
 ホラー展示を見た後は、僕がトイレに行っている隙に弟君がめぐと一緒にまた別のホラー展示に行ったらしく、帰ってきた弟君の顔はご満悦だった。僕がトイレの前で三十分ほど待たされたことに対しての謝罪は何もなかった。謝罪はなかったが機嫌が戻っていたのでよしとしよう。たぶんホラー展示でめぐに抱きつかれたのが余程嬉しかったのだろう。そんな弟君の将来が不安だ。顔はイケメンのくせにとんでもないくらいのシスコン。実際、すれ違う女子は小さな声で「カッコいい」「ヤバイ」などと言っていた。格好いいのはわかるがヤバイのは何がヤバイのだろうか。日本語はちゃんと使え。格好よすぎてヤバイのか。意味がわからない。少し反れてしまったが、まぁ…うん、めぐと弟君の関係を見て「恋人同士」と言う人もいないわけではないがだいだいは「あぁ、こいつシスコンだな。」という顔をして見てみぬふりをしている。そんな二人に挟まれている僕。誰か助けてくれ。



back / top / next

Copyright © 安住味醂 2011-2012 All rights reserved.