駅前にあるよくわからないオッサンの像の前で、僕は他の部員を待っていた。時間より少し早めに来て正解だった。今の時間は七時四十五分。文化祭は九時から始まるらしく、電車で三十分の距離だと言っていた。だからこそ、部長は遅れても大丈夫なように、中学で遅刻魔なめぐの弟君のために待ち合わせ時間を早めたのだろうが……。
「おはよう、廉。」
「おはようございます、篠原先輩。」
僕の次にやって来たのは、『推理研究会』が誇る武道家部員で友人の黒峰忠志と、その親戚で僕と忠志からすると後輩にあたる白峰桜だ。
忠志は相変わらず無表情だが、桜はコロコロと表情が変わる。学校でも一、二を争うほどの美少女だが、ボーっとしている姿は切りそろえられたパッツンの髪のせいで、日本人形のような雰囲気があるが、皆それをあまり知らないのだろう。
「おはよう、忠志、桜。」
長い前髪を鬱陶しそうに触る忠志。邪魔なら切ればいいのに、と思うのだが何故かそれをしようとしないのは何か理由があるのだろう。
ちなみに、忠志は前髪は長いがそれ以外は短い。なんとも奇妙な髪型だ。一方、桜はパッツンの髪にポニーテールと可憐な少女のようだ。
「他は、来てないのか?」
「来てない。」
「珍しいですね。」
部長とめぐは、時間には五月蝿いほうだ。めぐは弟君と来るだろうから、遅めに来るとは思うのだが、部長が遅いのは珍しい。何かあったのだろうか、と考えてみると思い浮かんだ答えは、『推理研究会』の欠番である二番に捕まっているからだろう。
二番の人とは基本的にチャットや電話でしか連絡を取ることは出来ない。部長のことだから念のためにと誘っているのだろうが、そこで二番の人に弄られているのだろう。二番の人は部長よりもサディストだから仕方ない。
「あ、三人とも来てたんだ、早いね。」
爽やかにやって来た部長の顔には微かに疲労が窺える。どうやら僕の考えは間違いではなかったようだ。
ちなみに、部長の名前は原隆浩。原コーポレーションと言えば大手企業の名前で、部長はそこの御曹司らしい。ちなみに、跡を継ぐ気はないため、公立の高校に通いのんびりと趣味の推理にふけっている。
「また、絡まれてたんですか?」
淡々とした口調で忠志が言うと、部長は苦笑いをしながら頷いた。
現在の時刻は七時五十分。そろそろ来てもおかしくない時間だ。忠志の隣で心配そうに周囲を見渡している桜は、めぐを待っているのだ。
今日はめぐが僕に突っかかってくるんじゃなくて、桜と一緒に行動すればいいのに、と思うが基本的に僕は部長の策略でめぐと組まされる。桜は忠志とだ。部長は基本一人行動。
部長の采配なので、仕方なく従っているが僕は正直今日だけは勘弁して欲しい。もうやめて、と言いたい。言ってしまいたい。今日は弟君も来るんだ。一緒に組みたくなんてない。せめて、せめて皆で行動したい。
はぁ…、とため息をはいた。そんな時だった。
「す、すみません、遅れました。」
めぐが来た。後ろには弟君が眠そうな目を擦りながら、少し上機嫌でいた。上機嫌なのはめぐと手を繋いでいるからだろう。シスコンもいいところだ。
顔が整っているから、余計に厄介なシスコンだ。
「めばえがちゃんと起きないから……。」
「めぐだって、親父の昼飯作るのに手間取ってたじゃんか。」
「お姉ちゃんでしょ。」
「はいはい。」
時間に几帳面なめぐが遅れた理由は、やはり弟君だったか。弟君はマイペースなところがある。僕の予想通りだ。だが、心の隅のほうでめぐがいるから弟君が遅刻することはないだろうと思っていたのは、少々間違いだったのかもしれない。
時間こそ間に合ったが、めぐからは考えられないほどの遅刻だ。
「あ、遅刻したお詫びに切符買ってきますね。」
彼女は皆から切符の代金を集め、切符を買いに行った。桜もついて行ったので、残ったのは男衆のみとなった。すれ違う女の人がこちらを見ている。逆ナンに合っても文句の言えないメンバーだな、と呑気に考えていると隣から殺気を感じた。
「何かな、めばえ君。」
「なんでもありませんよ。」
「じゃあ、睨まないでもらえるかな。」
「いやです。」
「そんなに警戒しなくても、僕は彼女に好意なんてこれっぽっちも持ってないよ。」
頼むから、めぐと仲が良いと言うだけで僕を目の敵にしないでくれ。このシスコンめ。僕はめぐに好意を持ってる以前に苦手なんだよ。察しろよ。
「じゃあ、どのくらいの好意なら持ってるんですか。」
「後輩としての好意しか持ってない。恋愛的な好意は皆無だ。」
「どれくらいの大きさですか。」
「ミカヅキモ以下くらいの大きさ。」
「そうですか。」
「そうだよ。」
「なら、大腸菌くらいの好意は持ってるんですね。」
もう嫌だこいつ。凄く家に帰りたい。なんでこのシスコンと一緒に行かなきゃいけないんだよ畜生。顔がいいから余計に酷いシスコンだよ馬鹿野郎。
忠志や部長は笑いを堪えている。笑うくらいなら止めてくれよこのシスコンを。泣くよ、泣いちゃうよ。
「……その睨みやめてくれる?」
「嫌です。」
めばえ君の視線は相変わらずだ。僕はため息をついて、彼女を待った。忠志と部長は相変わらず笑っていた。ムカつく。助けろよ。
めぐと桜の二人と合流すると時間が危なかったため、僕らは慌てて電車に駆け込んだ。
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