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事の発端




 校舎から少し離れたところにある東棟。そこにあるLL教室をかりて今日も行われている部活。『推理研究会』。推理小説や刑事ドラマなど、推理好きが集まっている部活だ。部員は六人と少ないが、密かな話題となっている。
 それは、数々の事件を解決しているからだ。一人の名探偵がいるわけではない。皆で事件を解決する、漫画やドラマでよくあるようなものとは違っているのも、話題となる理由の一つだ。

「あ、そうだ。皆、ちょっと残ってくれるかい?」

 部長にそう言われれば、僕たち部員は残らざる終えないのだが、なんて思ったのは部長に言わなくてもわかっていることだ。だから、言わなかった。言える立場でもなかったし。
 皆、それぞれの席についた。席は部員に振り分けられた番号順で決まっており、部長は一番なのだが、その次の二番は欠番だ。ちなみに、僕は三番。

「はい、今度の土曜日、星章高校で行われる文化祭に我が『推理研究会』は参加したいと思います」

 皆、静かに部長の話を聞いている。後輩は少し、落ち着きがないように思えたがいつものことなので無視していよう。

「実はね、めぐちゃんのお友達が星章高校に通ってて、特別に入場チケットを大量にくれたんだよね。それで……特別ゲストとして『名探偵ユークリウスの事件手帳』の作者メイレが来るんだってさ」

 驚愕した。僕の愛読書でもある『名探偵ユークリウスの事件手帳』、その作者メイレは表舞台に出て来ることがとても少ない人だ。インタビューを受けたのも過去に二回だけ。
 それなのに、本物が実際に来るなんて、これは行くしかないだろう。周りを見れば、皆興味を持っていた。それもそうだ。『推理研究会』の部員は必ず、『名探偵ユークリウスの事件手帳』を入部したら読まされるからだ。奇妙な決まりだが、それが入部テストを兼ねていたりもする。まぁ、今はその話は置いておこう。

「はい、皆行くよね?一巻で犯人が使用したトリックを実演するらしいから、我ら『推理研究会』としては行かない人が出るのはちょっと、ねぇ」

 皆行く気があるのに問う部長は、少し意地悪だと思う。

「それじゃあ、皆、今度の土曜日の午前八時に駅前集合だよ。あ、あと、めぐの弟君も来るらしいから」

 ……部長、最後の台詞は余計だ。僕はあの弟君がどうしても苦手だ。
 僕が項垂れていると、部長は僕の肩を叩き、笑顔で親指を立てていた。本当にサディストだな、この人は。全て計算のうちでしたか。そうですか。
 ため息をついていると、部活動終了の放送が流れた。皆が動き出す中、僕は心のダメージが大きくて動けずにいた。
 心配した友人と後輩に慰められながら、僕らは家路に着いた。
 誘ってきたのがあのトラブルメーカーのめぐなんだ、何かあるに決まっている。今度は一体何を運んでくるんだ。ため息は止まらなかった。
 赤信号、皆で渡れば怖くないって、そういうことなのか部長。でも、標的は僕に限定されているんだ。赤信号を皆で渡っても僕だけ事故に合う、そんなパターンだ。
 僕はそんなことを思いながら、友人と後輩と別れ、一人、薄暗くなった道を歩み始めた。
 ふと、思ったことがあった。

「……今日の晩御飯、何食べよう」

 いつもなら決めているのに、今日は忘れていた。冷蔵庫の中に何が入っていたかもあまり覚えていない。不味いな。鞄の中を確認すると、財布が入っていなかった。家に忘れてきてしまったようだ。
 またため息をついて、今日の不運を呪った。




 ◎



 さて、ここで一つ自己紹介をしておこう。僕の名前は篠原廉。ごく普通の高校生である。変わっているところと言えば、幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられたことくらいだ。
 推理小説好きの祖父の影響を受け、小学生くらいからずっと推理小説を読むようになった。やがては推理小説で満足出来なくなり、刑事ドラマや探偵ドラマを見るようになった。
 後は、更にそれが深刻化し、高校に入学して早々、運命の出会いを感じた『推理研究会』に入部した程度だ。

 家族構成は祖父、祖母だったが、祖父は数年前に他界し、祖母は自らの意思で老人ホームに入って楽しい老後を過ごしている。電子機器が苦手な祖母のために手紙で連絡を取り合い、僕は小さなアパートで一人暮らしをしている。
 一人だから不便なことがないわけではない。病気になったら死活問題だった。幸いにも近所に祖父の友人の息子さんが経営している診療所があったため、電話をすればすぐ来てくれたため病気関連で不便に感じたことは一度もない。
 病気よりも新聞勧誘や宗教勧誘のほうが鬱陶しい。新聞取ってるといっても何度もやって来る。宗教勧誘は慣れた。論破すれば問題ないとある人から貰ったマニュアルのようなもので対応している。だが、それでも鬱陶しいと思う。

 さて、そんな生活を送っている僕には悩み事がある。後輩のめぐのことだ。彼女はトラブルメーカーであり、大抵の事件は彼女が運んできたと言っても過言ではない。
 彼女も複雑な家庭事情を抱えており、家は父子家庭で、父親は元刑事の探偵。弟は成績優秀容姿端麗だが、難点ありの奴だ。
 父親と弟のことなどこのさいどうでもいいの。彼女の不幸吸引体質というか、事件吸引体質は異常なものがある。何せ街を歩けば引ったくりに合うこと数十回という程だ。護身術をある程度できるため、だいたいは返り討ちに合うらしい。彼女の家にとって財布は何よりも大切なものなのだから。
 彼女は僕に尊敬の念を抱いているらしく、よく突っかかってくる。可愛い後輩といえど、何度も事件に巻き込まれたこちらの身にもなって欲しい。勘弁してくれ。

 そんなことを考えながらも、僕は他人を拒絶出来ない性格らしく、彼女を突き放すことが出来ない。困ったものだ。
 己の性格を呪いながら、明日も早いので眠ることにしよう。




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