Short Story
コールアゲイン・ブループラネット
「愛してる」
愛を囁く。私なんかより、ずっと美しい貴方。私は貴方の周りをぐるぐると廻る。それだけで幸せ。闇が私たちを包み込む。この世界で、貴方は最も美しい存在だと私は思う。そう、錯覚してしまう。いや、貴方は本当に美しい。誰よりも、何よりも。貴方の前にいる、一番先頭の大きなヒトは輝きを放つ、とても明るいヒト。私には眩しすぎて、直視することもできない。貴方の一つ後ろに並んでいる赤いヒトは私のようなヒトといつも戯れて幸せそうだ。この世界は、とても優しい。誰もが幸せに暮らす世界。
「私も、貴方を愛してるわ」
こんなにも地味な私のことを愛してくれる、貴方は誰よりも優しいヒト。大好き、愛してる。私の、大切なヒト。
けれど、運命は残酷にも私たちの仲を引き裂いていく。貴方の側にいた私は、少しずつ貴方から引き離されていく。やめて、側にいさせて。手を伸ばしたところで届かない。私がいくら叫んだところで、私と貴方は離れていく。運命は、この世界は、私の願いを聞き入れてはくれなかった。それどころか、世界は私に小石を投げる。幾つも、幾つも。私の体は小石のせいでボコボコになってしまった。貴方に愛を叫ぶことだけは、続けていた。貴方も返してくれていた。けれど、その声はいつしか聞こえなくなっていた。
叫んだ。声が枯れそうになるまで何度も、何度も。けれど貴方は答えない。貴方は、私から離れたところに居る。どこへも行っていない。消えたわけでもない。それなのに、貴方は返事をしない。どうしたのだろう。心配で心が苦しくなる日々を送る。
何年経っただろうか。十年?百年?いや、千年?分からなくなるくらいの時を生きた。気がつくと、綺麗だった貴方が汚れていた。とても美しかった、あの頃と違って。私はいつも愛を叫ぶ。答えはない。それでもかまわない、と私は叫び続けた。
黒く汚れていく貴方と、貴方から離れていく私。くるくる、貴方の周りを廻る日々。もう嫌なのに。貴方の声が聞けないなんて。やめてしまいたい。いっそ、世界が私の存在を消してくれればいいのに。そうすれば、消えてしまえたら、楽なのに。
ある時、私の近くに見慣れないモノが見えた。あれはなんなのだろう。目を凝らして見ても、私には分からない。ゆっくりと進む、見たことのない物体。それは、私に近づいてきた。見れば見るほど、不思議なモノだ。それは私の体に降り立つと、中から誰かが出てきた。人間、だった。人間は私の体を歩き回り、旗を立てるとすぐに帰っていった。羨ましかった。貴方の元へ、彼らは帰れるのに、どうして私は。貴方の側にいれないことが私の心を締め付ける。愛しているのに。苦しい。悲しい。誰か私を消して。
貴方は少しずつ、でも確実に黒く汚れていく。私から貴方の声を奪ったのは、貴方の美しさを奪ったのは、人間だということに気付いた。貴方を、救いたい。日に日にその気持ちは大きくなっていった。
世界は、私たちに優しくない。この闇が私にはとても冷たく感じる。私がいくら貴方を救いたいと願ったところで、誰も叶えてくれない。私の叫びは闇に吸い込まれて消える。私にはどうすることもできない。貴方が、汚れていく。私はただ、壊れていく貴方を見つめ続ける。これは罰なのか。私は涙を流せないのを知っていて、世界はこんな仕打ちをしているのか。
「お願い、答えて」
貴方に向かって、声を大にして叫ぶ。貴方の返事は、やはりない。
汚れていく貴方を、私は少しずつ離れながら見つめ続ける。人間への怒りは、抱いたところでどうしようもない怒りだった。怒りは、時間が経てば虚しいものだと気付いた。だが、人間への怒りが消えたわけではない。けれど、いくら叫んだところで私の声は届かない。愛し合うことが罪だったのか、と自問自答を繰り返す。何度繰り返しても、答えは見つからない。本当は分かっていた。答えなんてないことも、全てが無駄だということも。けれど、諦め切れなかった。私は同じことを繰り返す。貴方へ呼びかけ続け、世界に向けて「助けて」と叫ぶ。意味のないことを続ける。そうすることで、私は自分を保っていた。貴方の声が聞きたい。せめて、もう一度。
「もう一度だけでいい、私を呼んで」
私の愛しい、ブループラネット。