Short Story

そうして猫は歩き出す




「アリス、アリス」

 アリスは僕が大好きな女の子の名前。アリスはとても可愛いんだ。お人形みたいで、冷めた目も素敵だ。

「なぁに、チェシャ猫」

 アリスが僕の名前を呼ぶ。僕は猫。アリスの猫はダイアナだから、アリスの猫にはなれないけれど、なれるのなら、アリスの猫になりたい。アリス、君だけの猫に。僕は、君がいればそれでいいから。

「大好きだよ」
「ふふ、ありがとう」

 アリスはふんわりと柔らかな笑みを浮かべる。幸せ、幸せ。女王なんかにアリスの首は切らせないよ。僕の首は切れたって大丈夫だけど、アリスの首は切れたら元に戻せない。知ってるよ、それくらい。このトチ狂った不思議の世界でも。

「アリス」
「なぁに?」
「ずっと、ここに居てね」
「いいわよ。約束ね?」

 冷めた目をしてアリスが言う。分かってるよ。君がここから居なくなることくらい。君は、僕がそういうキャラクターだとしか思ってないんだろう? 僕はこんなにも君のことを愛しているのに。アリス、アリス。僕を、僕だけを見ていて。側にいて。ずっと、永遠に。


「ヤクソク、破った」

 アリスの、嘘吐き。心で分かっていても、許せないものは許せない。不思議の国はアリスの夢の国。アリスの夢でしかないから、アリスが帰れば消えてしまう。僕の足元には夢の残骸。女王だったもの。公爵夫人だったもの。時計ウサギだったものや海亀モドキだったものがある。全ては過去の遺物。忘れられていく物。でも、どうして僕は遺物にならないのだろうか。アリス、君なら答えを知っているのかな。

「ありす」

 会いに行こう。アリス。約束を破ったんだ。アリスは言ってたね。約束を破ったら、針千本飲ます、って。じゃあ、僕が針を持ってアリスの所へ行こう。

「ゆるさない」

 約束を破ったアリス。僕は君のところまで、辿り着いてみせるよ。僕は、君の夢の中だけの存在ではないことを証明してみせる。そうすれば、君も分かってくれるよね? 僕の「ダイスキ」の意味も。


 そうして猫は歩き出す。
 約束を破った、ダイスキな人の元へ。