Short Story
気付け鈍感
「なんでアンタは私のことを無視するの。同じ屋根の下で生活してるのに、あんまりよ。私が居ても無視して、私を何だと思ってるのよ」
ヒステリックに、目の前に居る女が叫ぶ。そんなことを言われても、僕にはどうすることもできない。
僕と女は向かい合うように、床に座っている。僕らの間には色褪せたちゃぶ台が置かれている。いや、語弊がある。僕と女は向かい合っているが、床に座っているのは僕だけだ。女は興奮してか、立っている。
「気付かないなんて、本当に馬鹿なのね。何で気付かないのよ……」
「いや、だって」
「言い訳しない」
繰り返し。さっきから、同じやり取りを繰り返している。彼女は僕に発言させてくれない。そんなに無視されるのが嫌なのか。
「アンタが私に気付いてくれないから、この部屋が何て呼ばれてるか知ってる?」
古ぼけたアパートの一室。滅多に人が寄り付かないこの部屋は、じめじめしていて入居する奴は変わり者以外ありえないだろう。
「『幽霊のいる二十一号室』」
「そうよ。私は幽霊なのに、どうしてアンタは気付かないの?私が毎日毎日、枕元に立ったり背後に立ったりしてるのにぃ……」
それは本当に申し訳ないことをした。けれど、僕の住むこの部屋、二十一号室で幽霊が出るという話は数年前から言われていたことだし、別に怖いということでもない。実際、彼女のように気付いてくれないから泣きながら出てくる幽霊を怖いと思うだろうか? 僕はまったく怖くない。
「アンタねぇ、私がいつも夜中に電気つけたりしてるのになんで気付かないの?朝になったら消し忘れたっていつも言うけど、馬鹿なの?鈍感なの?物忘れ激しすぎ」
「それはありそう」
「納得するな。反論しなさいよそこは」
五月蝿い幽霊も居たものだ。電気が勝手につくなんて、他所の人からすれば当たり前のことだ。この部屋の電気は勝手につくものだし。
「改めて言うわね」
さっきまで叫んでいたのに、急に向かいに座ってきた。真剣な顔で僕を見ていた。
「私は幽霊。死人です。享年とかはまぁいいでしょ。今から一番重要なこと言うけど、いい?」
「どうぞ」
僕が言うと、彼女は深く深呼吸をした。何をそんなに緊張しているのだろうか。僕には理解できない。お茶でも淹れてあげるべきなんだろうけど、残念ながらこの部屋は水道止められてるから無理だ。電気も止められているけど、そこはどうにでもなるからいいとして、水道は無理。絶対無理。どうにもならない。
「アンタさぁ、なんで私が幽霊って打ち明けても驚かないの?リアクションの一つくらい欲しいんだけど」
「いや、そんな期待されても」
「今まで脅かしてきた奴は皆絶叫したから。なんかアンタ、白けすぎ」
そんなことを言われても、僕にはリアクションなんてできない。面倒だし。
「ここ、なんで『幽霊のいる二十一号室』って言われてるか知ってる?」
彼女に問えば、彼女はきょとんとして僕を見た。分かってないのか。
「私がいるからでしょ?」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
念のために、耳を塞いでおこう。鼓膜が潰れてしまうのは勘弁して欲しい。
「僕、幽霊だから」
耳を塞いでも、彼女の絶叫が隙間から入ってきた。侵入者である甲高い悲鳴は酷く鼓膜に突き刺さり、痛みを発する。破れてはいないが、耳が痛む。痛む耳を押さえながら彼女を見ると、彼女はこの世の終わりのように顔を真っ青にし、生気を感じられない顔が更に酷くなった顔をしていた。
これが、幽霊を見た幽霊のリアクションか。というか気付くだろ、普通。気付かないお前のほうが馬鹿で鈍感だよ。