Short Story

雨桜




 外は雨。天気予報では晴れだったのに。
 彼女を呼んで、花見をしようと思っていた。あいにくの雨。天気予報め、嘘吐きやがって。毒を吐いていても雨はやまない。そんなこと分かっていた。
 彼女は花見に誘ったから、美味しそうな弁当まで作って来てくれた。前日に彼女から俺は場所取りをしてくれと頼まれたので、俺は朝から場所取りをして、昼に彼女が来るのを待った。
 待っていたら、この雨である。彼女はまだ家だ。雨が酷くて、出て来れないらしい。桜の木の下で雨宿りをするが、桜を伝って雨水は俺に降り注ぐ。この雨じゃあ、桜も散ってしまうな。俺がそう思ったのを体現するかのように、次々と桜は散り始めた。儚げな体に降り注ぐ強い雨。体は木から離れ、地面へと降り注ぐ。地面に積もっていく、桜色の死体。数日すれば茶色に変色し、腐っていく。
 次々と花見客が用意を片付け、帰っていく。俺はこの雨の中、帰れなかった。傘もない、合羽もない。仕方なく、このまま雨宿りを続けることにした。

「ごめんね」

 彼女の声が聞こえた。吃驚してそっちを見ると、彼女が居た。傘を持って、お気に入りだと言って綺麗に使っていたスカートも靴も、泥だらけにして。俺のために、走ってきてくれたのだろう。傘を差す右手。もう一本の傘を持つ左手。優しい彼女に、思わず笑みがこぼれた。

「このまま止むまで待ってるつもりだったのに」

 俺が言うと、彼女はむっとした顔をする。

「だって、この雨じゃあ折角咲いた桜、散っちゃうよ。今日しか一緒に見れる日、ないんだし」

 俺も、彼女も、明日からはまた忙しい日常を送ることになる。デートなんて、月に一回できたらいいほうだ。連絡は頻繁に取り合っているが、会う機会がほとんどない。今日だって、今日しか空いていなかったんだ。これを逃したら、次はいつになるか分からない。だからって、お気に入りを汚してまで来ることなかったのに。
 俺の気持ちを察してか、俺の顔を見て彼女は笑った。

「靴もスカートも、泥だから洗えば落ちるよ、心配しないで」

 心配しないで、って言われても。無理だよ。だって、ちょっと無理して笑っている。そんな表情カオ、俺は見たくなかった。
 本当なら、花見をして楽しく過ごすはずだったのに。どうして、こんなことになったんだろう。

「あ、雨の日の桜って、綺麗だね」

 彼女は言う。さっきとは打って変わって、とても明るい表情になっていた。何が彼女をこんな表情にさせるのだろうか。俺は、目の前にある大きな桜の木を見た。
 そこには、幻想的な風景が広がっていた。雨に打たれ、花びらを散らしながらも桜は咲き誇っていた。さっき、俺が見ていた桜とはまったく違っていた。ただ、悲しく散っていくだけの桜だと思っていたのに。こんなにも違うなんて。よく見れば、悲しく散っているだけの桜も、雨と共に空から降り注ぎ、花びら特有のひらひらとした落ち方ではなかった。だが、どこかそれに神秘さを感じた。俺は、この興奮を抑えることができなかった。

「行こう」

 彼女の手を引いて、俺は走り出した。桜までの距離は短いが、俺にはその距離がとても遠く感じられた。彼女も、笑って俺について来てくれた。二人して、跳ね返ってきた泥で服を汚したけれど、そんなものはどうでもよかった。

「綺麗」
「そうだな」

 うっとりとした表情で、彼女は桜を見つめる。雨に濡れてしまったが、俺たちも桜と似たようなものだ。桜だって、雨に濡れてる。おそろいだ。

「来年も、花見しようね」
「ああ」

 この景色、来年も見れるかどうかは分からない。だが、できることならばもう一度見たい。神秘的でどこか心に突き刺さる儚さを持つその桜と雨。また、彼女と二人で見に来よう。雨がなくても、花見に来よう。雨の日の桜。その美しさを、俺は一生忘れないだろう。