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犯行考察




 弟君と共に、美術室に入る。弟君は面倒そうな顔をしていたが、こういう時断れないのは、めぐで既に実証済みだったりするので、逃げることはない。

 「何で、手伝わなきゃいけないんだよ。一人でもできるだろ?」
 「さっきも言った通り、皆が関係者だからだよ。愚痴を言う暇があるなら、頭を使う。」
 「知らないふりを、してるだけかも。」

 そう言って、弟君はニヤリと笑う。まぁ、弟君も関係者かもしれないということは予想の範囲内だが、弟君は確実に関係者ではないんだ。本人に自覚はないみたいだけど。その理由も、考えれば簡単だ。

 「ないね。」

 「うーん」と後ろで弟君が唸っていた。考えてろ、考えれば、分かるだろ。弟君ならば、分かるに決まってる。君の姉は君が思っている以上に、ブラコンなんだから。

 「……で、人をこき使う気なのはわかるけど、何をさせる気だ。」
 「うん。まずは密室の謎を解き明かそうと思うんだ。現場検証に近いことだけど、それよりも、めばえ君の頭を少し貸してもらおうと思ってね。」

 念のために言っておくが、弟君は学校こそ遅刻ばかりしているが、成績は優秀だ。その頭脳を少しだけ貸してくれればいい。弟君の推理も、参考にできるからね。

 「まず、ここに来る前に何をしましたか?」
 「えーっと、階段を上がりました。」
 「階段の側、美術室の下には何の教室がありましたか?」

 まるで、小学生にでも聞いているような問答だが、そこは気にしないでもらいたい。

 「調理室。」
 「さすが、無駄に頭がよくて記憶力がいいだけあるね。」

 ニッコリと笑って言ってやると、弟君がむっとした顔をした。おちょくってるだけなのに、それでも突っかかってきちゃうのは若さゆえの過ちか。

 「調理室の隣には、倉庫があります。倉庫の上、美術室の隣には美術準備室があります。」
 「それで?」
 「では、ここで問題です。被害者を隠すなら、どこが最適でしょうか。」

 僕とは違った考えが聞いてみたい。意見が欲しい。それも参考にして、僕は推理をするから。弟君は悩むように腕を組み、考え出した。だが、すぐに顔を上げた。

 「隠すがどういうことかイマイチ分からないけど、ま、隠すなら美術準備室だな。」
 「それは、どうして?」
 「近い。灯台下暗しって言うし。」

 ふむ、いい考えだ。でも、それでは駄目だ。

 「美術準備室へは、行けないよ?」
 「行く方法くらい、どっかにあるだろ。」

 うーん、それでは駄目なんだけどな。

 「それより、隠すってどういうことだよ。」
 「例えば、舞妓はんが殺されそうになった事件。美術部員たちが嘘をついていて、舞妓はんが美術室にいなかったとしたら、どういうことだと思う?」
 「捕まえて隠した。でも、もし舞妓はんが既に切られた状態で、他の部員たちから放置されていたとしたら?」
 「後者のほうが正しいと、僕は思ってる。」

 僕の考えがあっていれば、の話だけれどね。

 「それで、どうやって舞妓はんを殺すんだよ。ずっと美術室に居たなら、殺せないじゃないか。」

 僕は弟君に愛読書である『名探偵ユークリウスの事件手帳』の五巻を渡す。弟君は不思議そうに本をぱらぱらとめくる。

 「そこにヒントがあるって、【王様】は言ったんだ。ちなみに五十三ページにヒント、というか……答えが書かれているよ。彼女たちは美術部。だから、同じことができると思うんだ。練習さえすれば、できる。僕らは現場を保存することを第一に考えていたから、あまり触れられなかったけど、もしこのトリックを使ったなら、全てに合点がいくんだよ。」

 弟君は僕が言った五十三ぺージを読むと、僕の顔を見て頷いた。どうやら、僕の推理と同じことを考えたようだ。そして、僕に愛読書を返してきた。

 「密室については、どう説明するんだ?」
 「それについても、ちょっと考えがあるんだ。」

 先程考えた推理を、手帳に書き込む。書き終わると美術室を見渡した。特に変わったところは何もない。だが、黒板の側に石膏像が置かれ、教科書やテキストが立てられている棚を見つけた。大きな棚の、足元を見た。

 「ほら、ここに。」
 「何ですか?」

 目を凝らさなければわからないが、床に傷があった。石膏像を床に置き、教科書とテキスト類も移動させ、軽くなった棚を動かした。そして、その奥には目的のものがあった。

 「これで、密室の謎は解けたよ。」
 「……こんなにあっさり。」
 「見抜けなかった僕らの問題だよ。」

 笑って、誤魔化した。内心、とても腹立たしい。気付けなかった自分が腹立たしい。ポケットに入れている虫眼鏡を指で触る。年代物で、お守りでもある大切な物なので、少し触っただけで壊れるのではないかとビクビクしながらいつも触るが、これは僕にとって宝だ。
 一旦落ち着こうと、深呼吸をした。腹立たしさは何処かへ消え去っていた。これは、虫眼鏡の力だ。僕は心の中で笑った。そんな力、或るわけないのに。

 「これで、事件は解決か。」

 弟君が言った。いや、これで終わりではない。

 「いや、まだだよ。犯人に繋がる証拠がないからね。」

 証拠なんて、なくてもいいのだけれど。この際徹底的に追いつめたい。追いつめて、見返してやりたい。

 「そんなに、勝ちたいんだ。」
 「お手柔らかに、なんて言ってられないからね。相手が相手だし。」

 そう言うと、弟君は笑った。



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