Short Story




「おや、お嬢さん。こんばんは」
「こんばんは」

 夜の公園に、不釣り合いな少女を見つけた。右手を後ろに回す。左手はシルクハットにそえ、少女に近づいた。セミロングの髪を風で遊ばせ、寒そうに手をすり合わせている十二歳ほどの少女。ベンチに座り、誰かを待っているようだった。

「お嬢さん、どうしてこんな深夜に? 一人は危ないですよ」

 守るかのように固く閉ざされた彼女の目蓋を開ける者がいるのだろうか。

「眼球を売るためですにここにいるのです」

 さも当然のように言い放った少女に、ほう、と息を漏らす。少女は眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべる。

「母の薬を買うためにお金が必要なので、わたしは眼球を売るんです」

 「嫌ではないのかい?」と問うと、少女は首を振る。「それに」と言葉をつづけた。
 扉を開いたのは、彼女自身だった。ゆっくりと、だが確実に開かれる。――時間にして一瞬、それとも刹那、世界は確実に止まった。

「この目は、何も見えないのです」

 少女の視線が少し上がる。それが合っても彼女は分からない。一歩、少女に近づく。

「私の目玉は、それはそれは、いい値で売られるそうですよ」

 まるで他人事のように、嬉しそうでいて悲しげな笑みを浮かべ、少女が言う。そっと、壊れ物を扱うかのように少女の顎に指を添え、顔を上げさせる。不思議そうな顔をする少女が「どうかしたのですか?」と口にした。

「貴方の瞳、私が買いましょう。売人に渡すなんて勿体ない」

 少女は己の瞳の価値を知らなかった。持ち主の元を離れた眼球は曇り、濁り、陰り、駄目になってしまう。ホルマリン漬けにしても、本来の美しさは失われてしまう。

「お金は支払いますよ。当然の対価です」

 澄んだ冬の星空のような色彩に飛び散る、花火のような暖色の光の筋。冬空に打ち上げられる花火を宿した少女の瞳を抉ってしまうなど、許されない。

「さぁ、ここは寒いでしょう」

 少女の手を取り、立ち上がった。右手に持っていたものを捨て、戸惑いの表情を浮かべている少女の手を引いて公園を出る。思わぬところで得た収穫に思わず口元を歪めた。
 誰も居なくなった公園に、眼帯をした男の死体が転がっていた。一つだけの眼孔は深淵を宿し、苦痛に顔を歪め、失ったものを求めるかのように手を伸ばしていた。そこから少し離れた場所に、濁ってしまった碧色の眼球が捨てられていた。