Short Story
蛹を信じた彼女
「女はいずれ蝶になるの」
その言葉は、彼女の母の口癖だった。
うん、分かった。健気に返事をした彼女は、まだ何も知らない幼虫だった。
蝶はどの種類も幼虫は地味だ。健気に葉を食べ、いつか蛹になり蝶になる日を夢見る。捕食する者から逃れ、身を隠し、本性さえも隠す。それは蝶になった時、より美しく見えるのを演出する。そのために幼虫は地味だと言ってもいい。
口癖を呪詛のように唱え続けられ、いつしか彼女自身も「私は蝶になる」と言うのが口癖になっていた。彼女は理解する頭も持たず、ただそれを口にする。
彼女は成長した。自分は蝶になるのだと信じて。小学校や中学校はまだ良かった。高校に上がると、周囲と格差が出始める。蝶モドキになって浮かれる連中を見て、彼女は蛾だと嘲笑った。自分はそれ以上になるのだと言葉を吐き出す。大学に入ると差は明確なものとなる。その差に目を向けず、何もせず、彼女は焦りもしなかった。周りが蝶モドキだと嘲った。本物の蝶に目を向けなかった。それは社会人になっても変わらなかった。
カマキリにもバッタにも蟻にもカマドウマにもなれないのに、彼女は蝶になるの、と言う。周囲が成虫になっていく。蝶でなくてもよかったことに、彼女は気付かない。蝶に固執しているのに、求めることをしない。思いを告げて何度拒絶されても、彼女は気付かなかった。
白い服に身を包んだ友人たちの姿。幾度となく見た光景が、彼女の毒を溶かしていく。彼女に足りないものをじわじわと刻み付けていく。
「あ」
華やかな催しの帰り道、慣れないヒールでできた靴擦れに、コンビニで買った絆創膏を公園のベンチに座って貼っている最中に気付いた。
――彼女は、蛹なのだと信じていた。